本物の教育とは、フィンランドの教育にあり!

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フィンランドは世界の学力テストで突如世界で№1

 

輝いた教育方針について、語りたくなったので書こうと思います

何故世界でNo.1に輝いたのか?

 「宿題を廃止した」

 

宿題と言っても生徒が自主的に学習することは、ここでは「宿題」としては取り扱ってはいない

 

そもそも「宿題」が時代遅れだとも語っている

 

「宿題を廃止すれば、生徒たちは放課後にもっといろんなこと(自分の好きなこと)が出来る」

 

木登りがしたいと生徒が言えば、木登りを教えると笑顔で語った

 

木登りをしたことで、「自分はこんなことをした!」と自発的に発言してくれることを促している

これには凄く共感しました!

 

「宿題」って言ってしまえば、「これをやりなさい」と与えられているだけ

 

 生徒の自主性も、主体性も無視した状態ですよね

 

好きでもないことを強制的にやらせ、やらない生徒には罰を与えるという

 

まさに時代遅れですね

 

宿題をやる意味、必要性は具体的には語らず

 

「そういうものだからやれ!」と押し付けることは、生徒の探求心、自由度、権利を奪うこととなんら変わりないと思います

 

勉強だろうと、スポーツだろうと好きなことがあるならそれを徹底的にやればいいんです

 

日本の教育はフィンランドの教育とは正反対ですよね

 

「みんなと同じことを、同じ時間に、同じように」

 

そんな教育をしているにも関わらず、「個性を大事に!」とか、「無限の可能性がある!」とか良く言えるなーと、今となっては不思議ですね

 

個性を出そうとすると、「それはおかしい!変だ!」と批判されたり

 

これでは、生徒の個性が発揮されることはないでしょう

詰め込み教育はしない

 一週間での授業に掛ける時間は昼休み等を含めても、合計で20時間とのこと

 

そんな短時間で何が出来る?との問いに対して

 

「脳を休ませる方が大切、ずっと酷使していては、学べなくなる。それこそ意味がない」と語っている

 

授業を減らしたことで、学力が伸びた

 

もう一つテストの必要性もないと語っている

 

テストで良い点を取ることを重点に置いた訓練は教育ではない

 

学校は幸せになる方法を見つける場所である

 

生徒が自分の脳を活用できるように、必要なことは全て教える

 

海外はどうかは知りませんが、日本は比較的テストで良い点を取ることを重視していますよね

 

 

その為に詰め込み教育を当たり前としたり、時には強要したり

 

休むことが悪であるかのように、ひたすら詰め込もうとしますね

 

点数が低い=落第生

 

価値がないみたいな扱いを受ける生徒もいます

 

言ってしまえば洗脳ですよね

 

テストは出来なくてもスポーツ万能なら、違う道もあるかもしれないし

 

美術や音楽が天才的なら、選択肢も増えるかもしれない

 

それこそ可能性は無限なのに

 

教師や、親が自ら子供の可能性を潰していることに気付いていません

 

「自分の脳を活用できるように」

 

という教育方針は日本教育には、無いと思っています

 

「親、先生が言ったことをただやる」

 

「間違いばかりを正され、正解を出さないと叱られる」

 

これでは、指示待ち人間、自分の脳で考えない人が量産されていくのは至極当然だと感じます

 

「必要なことは全て教える」

(主に音楽、美術、調理、自然探求等で脳が活性化する事柄)

 

とても大事ですよね

 

上記のような授業は、無駄だと言われていますが、それは「ただ与えられたことをやっているから」です

 

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生徒

こんな歌を歌いたい!

こんな絵を描きたい!

こんな料理を作りたい!

ここへ行きたい!

という興味関心を無視して

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教師

今日はこれをやります!さぁ!やってください!

 

学業でも、スポーツでもそうですけど、興味があるものに全力で取り組んだ方が

 

成長スピードや、モチベーションは全然違いますよね

 

日本の教育では、やりたくないことを無理やりやらされている状態では

 

興味も薄れてしまうのは当然ですよね

フィンランドの学校にレベルはない

学校を選ぶ基準は家から近いかどうか

 

例え引っ越してもどの学校がいいか迷うことはない

 

学校選びの必要がない

 

学校を設立し、授業料を取るのは違法だ

 

だから私立の学校はほとんど存在しない

 

裕福な家の子供でも、公立校へ行き、様々な境遇のこと一緒に育つ

 

他人の境遇を尊重できる人に育ってもらうために

 

生徒優先で、生徒が希望した遊具等も設置済みである

 

子供の将来を見据えて、希望に沿った内容を教える

 

子供たちは「好きなものになれる」ことを疑わず、夢の実現に向けて歩みだす

 

問題意識を持って自分で考えるように教えてる

 

自分も他人も尊重できて、幸せに生きる方法を教える

 

子供がいつ人として成長するのか?

 

学校以外の場所にも人生は山ほどある

 

子供は自由に遊ばせる!

 

「生徒優先であり、将来を見据えた教育」

 

日本も表面上はこんな教育方針でしょう

 

しかし、現実は違いますよね

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教師

将来立派な大人になれませんよ!

 みたいな大人の主観で判断した、脅しがはいるわけです

 

これが生徒優先と言えるのでしょうか?

 

そもそも立派ってなんでしょう?

 

子供たち自分で考えることが出来ない理由は

 

何度も言いますが「やらされているから」なんですね

 

やりたくないことであろうと、強制的に、時間的にも拘束され作業するからなんです

 

仲良くしなさい!いい子でいなさい!迷惑をかけはいけない!と教育されるから

 

プレッシャーになり、どれが正しいかがわからないんですね

 

正解なんて存在しないのに、さも教わることが正解であるかのようにです

 

自分も他人も尊重できて、幸せに生きる方法を教える

この言葉のように、「生きる方法を教育する」必要があって、別に正しく生きる必要はないんです

 

教師が生徒のことを尊重出来ないのに、尊重した人間にしようとしても、無理があるんです

 

学校以外の場所にも人生は山ほどある

これはまさに真理ですよね

 

学校が全て!学校に行かないのは悪!こんな思考が未だに残っているから、苦しんでいる生徒だっているし

 

尊重出来る関係、環境にいないからこそ、イジメ問題にも発展する

 

何がダメとか、正しいとか言うつもりはありませんが

 

教育とは、形ばかりに捉われず

 

生徒も一人の人間として扱い、尊重することこそが真の教育の始まりではないでしょうか?